ただいま、おかえり
今日もストライクに乗り、ザフトのモビルスーツを刃を交え、また誰かを殺した。
実際に僕自身の手でとどめをさしているわけではないが、手には人を殺す感触が残った。
指先が、血色に染まっているような感覚に襲われる。
嫌だった。
ストライクに乗るのも、戦うのも、人を殺すのも。
そして、AAに帰艦して整備の人たちに褒められるのが、何より嫌だった。
人を殺してきたのに、よくやったと言われることが辛かった。
整備の人たちに悪意がないのはちゃんとわかっている。
けど、多分、実際に経験しないとわからないんだ、こんな感情は。
どうすることもできない感情の奔流に、ただ流されていた。
そのうちに、ストライクのコックピットから出るのを止めた。
僕を、人殺しの僕を褒めるその言葉を聞きたくはなかった。
「坊主?・・・・おい、どうしたってんだ。何かあったのか?」
マードック軍曹が、他の人から聞いたのだろう、心配そうに声を掛ける。
軍曹はとってもいい人だけど、今はどうしても外に出る気にはなれなかった。
「怪我でもしたのか?ハッチが壊れたか?・・坊主?」
心配そうな顔をした整備班が人だかりを作っている。
良心が痛まないでもないが、それでもやっぱりコックピットから出たくはなかった。
誰かと話すことが苦痛だった。
1人でいたかったのだ。
「何の騒ぎだ、一体。どうかしたの?」
「フラガ大尉・・・」
安穏とした声が響く。
フラガ大尉だ。
「よぉ、そろいもそろって何やってるわけ?」
「大尉、坊主がストライクに閉じこもって出てこねぇんですよ。」
「ふーん・・・・」
「同じパイロット同士、何とかしてくださいよ。」
「了解。そのかわり、ゼロの整備はしっかり頼むぜ。」
「よし、お前ら。ここは大尉に任せてゼロの整備にかかるぞ。」
軍曹の言葉で、整備班は大尉の愛機、メヴィウス・ゼロへ向かった。
そして、ストライクの前には、フラガ大尉が1人立っていた。
「坊主、どうした?お兄さんが聞いてあげようじゃないか。」
こちらを見上げ、そう言う。
大尉になら、僕の気持ちがわかるかもしれないとも思ったが、止めた。
彼こそが、僕が抱える想いの根源なのだ。
それに大尉は軍人だ、精神面での訓練も受けているだろうから、辛くないのかもしれない。
「キーラ、1人になりたいのもわかるが、そこはやめときなさいって。」
床を蹴って、コックピットの前まで来た。
ハッチを挟んですぐ前に、フラガ大尉がいる。
「1人になりたいんなら、俺の部屋とか貸してやるから。ストライクに籠ってちゃ、ろくに整備もできないだろ?」
大尉の言いたいことは大体わかる。
機体の整備は、何においても優先させなければならない。
この艦のみんなの命を預かっているんだ、僕たちは。
「出て来いよ、キラ。何にも言わないから、な?」
「フラガ大尉、本当に部屋貸してくれますか?」
観念して、ハッチを開け、外に出る。
大尉は少し驚いた表情を見せ、その後で笑った。
「もちろん。あ、でも俺はいるけどそれはいいだろ?」
大尉がいるのはかまわない。
僕が会いたくないのは、サイやトールやミリィたちなのだ。
「お邪魔します。」
「いらっしゃい。坊主たちの部屋よりは幾分マシだろうからさ。一応仕官室なわけだし?」
「あ、そうだ。キラ・・・」
「何ですか?」
「おかえり、キラ。」
部屋に着き、先に大尉が中に入ると、僕に向かってそう言った。
僕は、何故だかわからないけど、涙が出た。
「キラ〜?そこで泣いたら、俺が泣かせたみたいだろ?ほら、入った入った。」
初めて入る大尉の部屋は、想像よりもずっと殺風景だった。
「泣きやんだか?坊主コーヒー飲めるか?」
コーヒーは飲めないが、何だか素直にそう言うのも子供っぽくて、黙り込んでいた。
「ココアでいいか?甘いもん飲んだら落ち着くぞ?」
「スミマセン、ありがとうございます。」
綺麗に片付けられた、大尉にはどこか不似合いな部屋は落ち着かなかった。
きょろきょろと部屋を見回していると、ココアを入れた大尉が戻ってきた。
「何?あんまり部屋が綺麗だから意外だって顔してるな?」
「別にそういうわけじゃ・・・・」
「まぁ、わからんでもないけどな。」
大尉はベッドに腰を下ろし、ココアを飲んだ。
「で、お前さんは何を悩んでるわけ?優しいお兄さんが聞いてあげようじゃない。」
「あの・・・・大尉は、辛くないんですか。人を殺すことも、殺したことを褒められることも。」
「辛いさ、そりゃ。幸い俺は訓練受けてる軍人だし、感情を殺すこともできるが、でもやっぱり辛い。」
「大尉・・・」
「ごめんな、俺たち大人がもっとしっかりしてりゃ、お前をこんな戦争に巻き込むこともなかったろうに。」
弱気なことを口にする大尉を、初めて見た。
この人なら、僕の気持ちを理解してくれるだろうと、そう思った。
「俺がもっと強けりゃ、坊主は人殺しなんてしなくていいのにな。」
「そんな・・・大尉は十分強いじゃないですか。僕だって何度も助けられてるし・・・」
「いいよ。悪かったな、こんな話して。さて、坊主の悩み事はそれだけか?」
湿っぽい空気を取り払うかのように、明るい口調でおどける大尉。
僕はずっとこの人を誤解してきたのかもしれない。
ずっと軽薄な人だと思っていた。
悩みなんてないんだと思っていた。
「あの・・・・大尉?」
「何?」
「おかえりなさい。」
さっき、大尉に言われて涙が出たのは、多分、嬉しかったのだ。
おかえり、と言われることが。
だから、大尉にも言ってあげようと思った。
大尉は一瞬驚いた顔をして、また笑った。
「ただいま、キラ。なんかいいな、おかえりなさいって言われるの。」
「そうですね、帰ってきたんだって実感しますもん。」
「そうだ。なぁ、キラ。これからはさ、帰艦した後におかえりって言うの、やろうぜ?」
「・・・ハイ。」
ずっと大尉のことは苦手だったけど、もう苦手ではない。
ずっと大人で、いい先輩なんだと、認識をあらためることになった。