『市村』
『これをもって日野の佐藤彦五郎の家へ行け』
『生きろ』
墓碑銘
後で部屋へ来い、と言われた。
なんだろうか、と不審に思いつつも土方さんの部屋を訪ねた。
「市村です、失礼します。」
「入れ。」
低く、静かに告げられる。
その声が好きだ。
「何でしょうか?」
土方さんは何も言わない。
ただ、優しくこちらを見る。
「土方さん?」
「市村、お前にしてもらいたいことがある。」
此方に背を向けて、窓の外を見つめながら言う。
「市村、これを日野の佐藤彦五郎に届けて欲しい。」
何を言われているのかわからなかった。
戦わずして逃げろと言うのか。
「嫌です。そんなの嫌だ・・・・」
「船はちょうど停泊している。今から行って乗るといい。」
「土方さんッ!!!」
腕を引いて、此方を向かせて縋るように名を呼ぶ。
お願いだから、俺を捨てないで。
「嫌だ、絶対・・・・・ッ・・・やだよ、そんなこと言うなよ!!」
「これは命令だ。」
「嫌だ、途中で逃げるなんて。俺、土方さんのそばにいたい。」
「市村!!」
土方さんが鬼の形相で俺を睨みつける。
その気迫に押し負かされないように、強く見返す。
「もう1度言う。これは命令だ。背くと言うなら斬るぞッ!!」
「土方さんと一緒にいられないなら、いっそ斬ってください!!!」
共にいられないなら、せめてこの命を彼の手で終わらせてほしかった。
「・・・・鉄之助」
慈しむように名を呼ばれ、優しく抱きしめられる。
土方さんは、ずるい。
「もう官軍がそこまで攻めてきている。負けは必至だ。ここで死んで何になると言うんだ。」
「でも、俺は土方さんと一緒にいたいよ・・・・土方さんッ・・・・」
「だめだ。お前は日野へ行け。生きろ、鉄之助。」
「い、や・・・だ。俺1人生きて何になるって言うんだよ。土方さんがいなきゃ俺・・・」
「鉄之助。」
諭すような、あやすような優しい呼びかけ。
そんな優しい目をされて断れるわけないじゃないか。
そんな必死な姿を見せられて断れるわけが。
「さぁ、行け。船は港に停泊している。無駄に命を散らすな。」
「土方さ・・・・ッ・・・つッ・・」
土方さんに接吻をした。
唇が触れ合うかどうかの軽い口付け。
「お元気で・・・ご武運をッ」
「・・・・途中、気をつけていけよ。」
そのまま土方さんの部屋を去り、その勢いで船まで駆けた。
止め処なく流れる涙を、止める術を知らなかった。
もうあの人に会うことの出来ぬ悲しみを取り払う術を持たなかった。
そして6日後、彼はこの世を去った。
窮地に陥ったかつての仲間を助けようとして命を落としたと風の噂に聞いた。
仲間思いで、誰よりも武士であろうとした土方さんらしい最期だと思った。
俺は、日野へ向う。
彼の、否、彼らの生き様を伝えることができるのは自分だけだから―――
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